2011年08月13日

野球観戦の楽しみ方

こんばんは

 私流の野球観戦の楽しみ方についてお話をします。

 実は、今日、東京ドームで巨人対広島戦を観戦してきましたので、その様子も交えつつご紹介しようかと思います。
 私は、外野応援席以外にはほとんど行きません。
 なぜなら、多くの巨人ファンの人たちと一体になりながら大声で応援しつつ、観戦するのが楽しいからです。
 ちなみにそう考える方はたくさん居るようで、実際、外野応援席のチケットが一番手に入れるのが難しいです。特に休日のデーゲームは人気が高く、発売5〜10分で完売してしまいます。
 ただ、静かに野球を楽しみたい方、あるいはずっと座ってのんびり観戦した方は内野席をお勧めします。(外野応援席は、応援しているチームの攻撃の時はみんな立って応援しますので、座っていると試合が見えません。)

 これが東京ドームです。(大きくて全体が入りませんでしたので一部のみです。)
P8130001.JPG
 ちなみに、もし東京ドームに行く機会があったら、早めに球場に入って中を散策するのも面白いです。(東京ドームの場合、どこのコンコース(座席裏の売店がある廊下)にも自由に行き来できます。)
 私のお勧めは、バックネット裏の1Fコンコースです。結構、穴場みたいで、あまり人が居ません。で、そこには、いろいろな展示物があります。
 巨人軍永久欠番の選手の紹介
P8130007.JPG
 各年の東京ドームMVP及び新人王の選手のプレート展示
P8130008.JPG
 あと、東京ドームでライブを行ったアーティストのプレート展示なんかもあります。
P8130009.JPG
 ちなみに、これは、東京ドームで日本人として初めて単独ライブを行ったHOUNDDOGさんのプレートです。
P8130011.JPG
(デジカメが古いので、みんなピンボケしてますね。スミマセン)
 こういうの見てると、『あー、こんな選手いたなあ』とか『この人も、ここでライブやってるのか』とかがわかってなかなか楽しいです。
続きを読む
posted by MASA at 21:00| Comment(0) | 野球

2011年08月08日

至学館高校校歌について

 こんばんは。

 みなさん、今年の甲子園大会愛知県代表至学館高校の校歌をご存知でしょうか?
 結構ネットでも話題になっているので、ご存知の方も多いと思います。

 そう、いわゆるJ-POPっぽい校歌で話題になっているんです。
 で、私もちょっと検索してみて聞いてみました。↓



 いかがでしょうか?
 これを見て、私は泣いてしまいました。
 正直、最初は面白半分に見ていたのですが、夢の甲子園への切符をやっと手にして、泣きながらこの校歌を歌う高校球児たちを見て、彼らがどれだけ辛い練習に耐えて来たのか、そして、どれだけ色々なことを犠牲にして野球に打ち込んできたのかを思うと、その歌詞の内容と相まって、感動せずにはいられませんでした。

 いかにも校歌という校歌もそれはそれで思い出に残っていいのですが、こういうJ-POPっぽい校歌も青春のいい思い出になっていいんじゃないかと思いました。

 残念ながら、至学館高校は今日一回戦で敗退してしまったので、甲子園での勝利の校歌斉唱とは行きませんでしたが、今後こういう校歌が増えるかもしれないですね。

 やっぱり、歌っていいもんだなあ。(しみじみ)

 というわけで今日はこの辺で。
posted by MASA at 21:26| Comment(0) | 野球

2011年07月26日

♪魅せろ快投久保裕也♪

 こんばんわ。

 今日は、少し野球の話なぞをしようかと。

 皆さんは、プロ野球巨人軍の久保裕也投手をご存知でしょうか?

 結構、地味な選手なので、巨人ファン以外には、あんまり知られていないと思いますが、今や、セットアッパーあるいはクローザーとして、チームになくてはならない存在の投手です。

 彼は、野球の名門東海大学でエースとして活躍した後、2002年ドラフト自由獲得枠で巨人に入団しました。そして、与えられた背番号は11番。
 これは、前年の2001年のシーズン限りで現役引退した、11連続完投勝利の日本記録保持者で沢村賞3回受賞の平成の大エース斎藤雅樹投手(現:巨人投手コーチ)の背番号であり、それを引き継いだということは、当時、彼が如何に期待されていたかを表しています。

 元々、大変器用な選手であり、多彩な変化球を操り、フィールディングも上手く、試合をまとめるセンスに長けていたため、重宝され、1年目から、先発に、リリーフに、と活躍しました。
 ただ、いまいち安定感に欠けるところがあったので、さほど信頼される投手ではありませんでした。
 そして、その器用さ故に、登板過多になり、その影響もあって、次第に通用しなくなり、入団4年目の2006年後半からは、二軍暮らしが主となるようになってしまいました。その間、サイドスローに挑戦するなど、かなり足掻いていたようでしたが、どれも上手く行かないという状態が続きました。

 当時、ネット上では、『背番号だけエース』、『七色の変化球を持つがどれも二級品』、『典型的な器用貧乏』などと言われ、さらには、『もう終わった選手』、『そろそろ戦力外でしょ』とまで言われていました。

 そして、時は過ぎ、2009年に、彼は、自身の野球人生を賭けた試合に臨むのです。
続きを読む
posted by MASA at 00:27| Comment(0) | 野球